東京高等裁判所 平成11年(ネ)5784号 判決 2000年10月26日
控訴人
【A】
右訴訟代理人弁護士
山崎哲男
被控訴人
株式会社ヴェリタス
右代表者代表取締役
【B】
右訴訟代理人弁護士
岩出誠
同
中村博
同
村林俊行
同
小林昌弘
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決中、本訴請求に係る部分を取り消す。
被控訴人は、別紙教材目録一ないし六記載の各教材の印刷、製本、販売又は頒布をしてはならない。
被控訴人は、別紙教材目録一ないし六記載の各教材を破棄せよ。
被控訴人は、控訴人に対し、金五八一万五〇〇〇円及びこれに対する平成九年八月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 原判決中、反訴請求に係る控訴人敗訴部分を取り消す。
右敗訴部分に係る被控訴人の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、本訴反訴ともに、第一、二審を通じて、被控訴人の負担とする。
4 第1項についての仮執行の宣言
二 被控訴人
主文と同旨
第二当事者の主張
当事者の主張は、次のとおり付加するほか、原判決の「事実及び理由」の「第二 事案の概要」及び「第三 争点及びこれに関する当事者の主張」記載のとおりであるから、これを引用する。
一 当審における控訴人の主張の要点
1 著作権の帰属を確認する契約の成否について
(一) 控訴人、【C】(以下「【C】」という。)及び【D】(以下「【D】」という。)は、被控訴人が設立される前に、設立後に被控訴人の代表者となる【B】(以下「【B】」という。)と、数回にわたって、被控訴人の経営すべき塾(以下「本件塾」という。)の講師らが塾で使用するテキスト(以下「本件塾テキスト」という。)の著作権の帰属について話し合い、【B】との間で、右著作権がその執筆者に帰属することを確認したうえで、それを前提として、本件塾開設後の数年間に関して、控訴人ら執筆者は、その執筆に係るテキストの使用を被控訴人に許諾し、対価として使用料を受けるとの内容のテキスト使用許諾契約を、口頭で締結した。右以外の各講師については、その後、被控訴人の委託を受けた控訴人、【C】及び【D】と各講師との間で、それぞれ口頭で右と同様のテキスト使用許諾契約を締結した(以下、控訴人主張のテキスト使用許諾契約を「本件許諾契約」と総称する。)。
したがって、控訴人らが執筆した別紙教材目録一ないし九記載の各テキスト(以下、順に「本件テキスト一」、「本件テキスト二」・・・「本件テキスト九」といい、これらを「本件各テキスト」と総称することがある。)の著作権は、いずれも控訴人らその執筆者に帰属するのであり、それらが被控訴人に帰属することはあり得ない。
本件塾テキストの著作権がその執筆者に帰属することの確認を含意する本件許諾契約が存在し、本件塾テキストの執筆者らが被控訴人にこれを使用させて使用料を受け取っていたことは、本件塾テキストが、数年間にわたって反復して使用され、本件塾の開設の二年目以降も、同額の金員が各講座のクラス数に応じて支払われていたことからも裏付けられる。被控訴人は、右金員はテキストの作成料として支払われたものであると主張するが、これによっては、二年目以降も支払い続けられたことは合理的に説明できない。さらに、講座数にほぼ比例して金員が支払われてきたという事実も、テキスト作成料という考え方と両立し得ない。
本件許諾契約における当事者は、【B】を除き、全員が一致して本件塾テキストの執筆者がその著作権者であること、すなわち、右テキストの著作権は被控訴人には帰属しないことを認めており、これらのもの全員が一致して虚偽を述べていると考えさせるだけの事情もない以上、本件塾テキストの著作権が控訴人を含む執筆者に帰属することは明らかである。
(二) 本件塾テキストの執筆者と被控訴人(具体的には【B】)とは、平成七年二月ころのミーティングにおいて、本件塾テキストの著作権が控訴人を含む執筆者に帰属することを再確認した。このことは、控訴人の含む執筆者が右ミーティングにおいて被控訴人に提出した資料には、「これまでの契約内容を明確化するため」と明記したうえで、テキスト代に関して執筆者に支払われる金員は、「テキスト使用料」と書かれていたにもかかわらず、【B】は、その後も、従前どおり、テキスト使用料に関する金員の支払を続けたことからも明らかである。
原判決は、「当初は、「教材費」の名目で、給与の一部として、当該講師に一講座につき一か月数万円の金員が支払われていたが、平成六年四月ころ、原告が、右金員の名目を、【B】に無断で、「テキスト使用料」に変更した。」と認定し、【B】がテキスト使用料の認識を有していたことを否定している。
しかし、「教材費」が「テキスト使用料」であるとの認識は、少なくとも取締役全員にあったはずである。控訴人は、取締役の一員として、【C】、【D】及び経理担当の【E】(以下「【E】」という。)と月一回ほど経理ミーティングを行っており、その承認を経て名称を変更したにすぎないのである。【B】は、塾に年一回くらいしか顔を出さなかったので、【B】との連絡はすべて【E】が行っており、【B】は、【E】を通じてテキスト使用に関して支払われる金員の名称を「テキスト使用料」と変更したことを「承認」していたはずである。実際、【B】は、会社に顔を出すたびに「会社の運営は【E】から聞いて理解している」と言っていたのであり、同人が会社の状況を了解していたことは、このことからも明らかである。
(三) そもそも、著作物の著作権は、その執筆者に帰属するのが原則であり、法人著作権として法人に帰属するのは例外なのであるから、本件各テキストの著作権が、控訴人らその執筆者ではなく、被控訴人に帰属すると主張する者は、その要件のすべてにつき主張立証責任を負わなければならないのである。その意味で、原判決の認定判断は、思考が逆転しているといわざるをえない。
2 法人著作の成否について
(一) 本件塾における講師のテキスト作成は、講師の職務に含まれていない。
「教育研究会VERITAS数学科 業務内容について」(甲第一九号証)の「4.給与規定 (3)テキスト使用代」の部分において、「各種小テスト作成など講師業務、T・A・業務に含まれるものはテキスト代としては支払わない。」と明記されている。ここにいう「テキスト代」は「テキスト使用料」のことであり、テキスト作成は「講師業務」には含まれないのであるから、法人著作の「職務上」の要件を満たさないことは明らかである。
(二) 本件テキスト一ないし四については、本件塾を開設する以前から、控訴人が既に作成して保有していたものであるから、この意味でも、控訴人が被控訴人の職務上作成したものに当たらないことが明らかである。
より具体的にいうと、控訴人は、本件塾創設前の約三か月間、部屋を借りて約三〇名の生徒を教えていた際、そこで右テキストを使用したことがある。また、控訴人は、平成三年の夏から平成四年の終わりまでの約一年半の間、渋谷にある平岡塾という英語塾において、依頼された数学の授業を行う際に、右テキストを使用した。その他にも、控訴人は、個別的に指導を求められたときや、テキストを求められたときに、父兄や生徒に、右テキストを使用したり渡したりした。
右テキストの例として甲第四九号証ないし第五三号証があり、これらは、控訴人が本件塾創設前の約三か月の間に使用し、しかも、その後、本件塾が設立した後に使用していたものである。
(三) 本件各テキストは、被控訴人の名義の下で公表されていない。
「教育研究会VERITAS」は、本件塾の名称ではなく、控訴人ら講師グループの名称であり、このことは、被控訴人の発行したパンフレット(甲第二四号証)にも明記されている。そして、「教育研究会VERITAS」の数学科といえば、右講師グループのうちの数学を研究する人達を指し、「教育研究会VERITAS」の英語科といえば、右講師グループのうちの英語を研究する人達を指し、「教育研究会VERITAS」の理科といえば、右講師グループのうちの理科を研究する人達を指すのである。
また、本件各テキストは、すべて講義の一か月以上前に、表紙、フッダー・ヘッダーなどは全くない状態で、著作物として完成していたものであるから、この段階で既に著作権が控訴人ら執筆者に帰属していたというべきであり、塾で用いていたのは、このようにして控訴人ら執筆者に著作権が帰属するに至ったものに、単に、表紙、ヘッダー・フッダー及び前書き等を挿入したにすぎないものであったのである。
しかも、本件テキスト五、六については、控訴人が、既に保有していた問題を編集し直したものと新作問題を組み合わせて新たに作成したものであり、控訴人が被控訴人に在職中、本件塾において、右テキストを使用するクラスを担当したことも、使用したこともなかったものである。したがって、右テキストは、被控訴人の名義の下に公表されていないことは明らかである。
二 当審における被控訴人の主張の要点
1 著作権の帰属を確認する契約の成否について
控訴人主張の、本件塾テキストの著作権が当然に執筆者である講師に帰属するとの点、被控訴人と控訴人らとの間で控訴人主張の意味を有するテキスト使用許諾契約を締結したとの点に関する主張は、すべて争う。
控訴人は、右使用許諾契約の当事者は、【B】を除いて全員が一致して、テキスト執筆者がそのテキストの著作権者であること、すなわち、テキストの著作権は被控訴人には帰属しないことを認めていると主張するが、明らかに誤っている。右主張を認めているのは、テキスト執筆者のうち、控訴人、【D】、【F】、【C】、【G】であり、一方、【H】、【I】、【J】その他のテキスト執筆者は、これを認めていない。
2 法人著作の成否について
(一) 控訴人は、控訴人作成の「教育研究会VERITAS数学科 業務内容について」と題する書面において「各種小テスト作成など講師業務、T・A・業務に含まれるものはテキスト代としては支払わない。」と記載されていることを根拠に、小テストではないテキスト作成は塾講師の職務に含まれない旨主張する。しかし、右記載は「小規模のテキスト作成の対価は講師料に含まれるものであり、別途、テキスト作成料は支払わない」旨の記述にすぎず、テキスト作成が講師の職務の範囲外である趣旨まで含むものとは、到底、解されない。
(二) 控訴人は、本件テキスト一ないし四については、本件塾を開設する以前から、控訴人が既に作成して保有していたものであるから、この意味でも、控訴人が被控訴人の職務上作成したものに当たらない旨主張する。しかし、この主張は、控訴審において突如なされたものであり、しかも虚偽である。
控訴人は、原審の審理中、多くの陳述書及び原告本人尋問のいずれにおいても、そのような事実を述べていない。それどころか、控訴人は、原審において提出した準備書面(控訴人の平成一〇年四月一七日付け準備書面六頁)において、本件テキスト三に関し、これは、控訴人が平成九年に作成したものであり、これと類似の内容・フォーマットのものは存在しないと、自ら主張していたのである。
(三) 控訴人は、本件各テキストは、すべて講義の一か月以上前に、表紙、フッダー・ヘッダーなどが全くない状態で、著作物として完成していたものであり、この段階で既に著作権が控訴人ら執筆者に帰属していた旨主張する。しかし、著作権法一五条は、「法人等が自己の著作の名義の下に公表するものの著作者は・・・その法人等とする」と規定しているのであり、ここに「法人等が自己の著作の名義の下に公表するもの」とは、使用者の著作名義で公表することを予定している著作物であれば足りると解されるから、そのようなものとして執筆された本件各テキストにつき法人著作の成立することに疑問の余地はない。また、実際問題として、控訴人の主張によれば、執筆者が著作物の完成以前に法人等の著作名義を右著作物中に入れ込んでおかなければ、右著作物の完成ないしはプリントアウトと同時に右著作物の著作権は執筆者に帰属し、法人著作の成立する余地はないということになる。この結論が著しく妥当性を欠くことはいうまでもない。
第三当裁判所の判断
当裁判所も、控訴人の本訴請求は理由がなく、被控訴人の反訴請求は原判決の認容した限度で理由があるものと判断する。その理由は、次のとおり訂正及び付加するほか、原判決の「第四 争点に対する判断」のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決二七頁一〇行ないし二八頁六行に「(二) 証拠(甲二九、三二)及び弁論の全趣旨によると、本件テキスト二、七ないし九は・・・被告の著作の名義で公表されるものということができる。」とあるのを、次のとおりに訂正する。
「証拠(甲二九、三二)及び弁論の全趣旨によると、本件テキスト二及び七は、平成六年四月より前に作成されたことが認められるが、前記認定のとおり、被控訴人においてテキストの表紙に著者名を記載するようになったのは、右同月ころからであるから、右各テキストには、作成当初、著者名の記載がなかったものと認められる。そうすると、本件テキスト二及び七については、作成当初、テキストには、右(一)認定のような控訴人名義の表示しかなかったのであるから、被控訴人の著作の名義で公表されるものということができる。
また、証拠(甲二九、乙二三)によると、【H】は、平成七年三月から被控訴人に勤務しているから、本件テキスト八及び九は、平成七年三月以降に作成されたことが認められ、右各テキストの表紙には、作成当初から「【H】著」との記載があったものと認められるものの、後記(三)の認定判断と同様の理由によって、被控訴人の著作の名義で公表されるものと認めるのが相当である。」
二 著作権の帰属を確認する契約の成否について
1 控訴人は、本件塾の開設前に、控訴人を含む本件塾の講師らと【B】との間で、本件塾の講師が執筆するテキストの著作権が執筆者に帰属することを確認したうえで、それを前提として、控訴人ら執筆者は、その執筆に係るテキストの使用を被控訴人に許諾し、対価として使用料を受けるとの契約(本件許諾契約)が口頭で成立した旨主張する。
しかしながら、証拠(原審における原告本人及び被告代表者の各尋問の結果)によれば、本件塾開設前に、控訴人を含む本件塾の講師らと【B】との間で、被控訴人が本件塾テキストの執筆者に対し、その執筆するテキストに関する対価として金員を支払うとの契約が成立したことは容易に認められるものの、そのとき、テキストの著作権の帰属自体につき確認する合意が成立したことは、本件全証拠によっても認めることはできない。
(一) 甲第一六号証(控訴人の陳述書)には、「鉄緑会を辞めるときにも問題になった「著作権」に関して資金を出す【B】氏との間で「テキストなど講義に必要な資料は、全て講師側で準備する。これら資料の著作権は各作成者である講師のものとする。そしてこれを使用する場合、使用料を支払う。」との条件を了解してもらったのです。何故このようなことをうるさく条件にしたのかというと、前の「鉄緑会」のときに講師が苦心して作ったテキストが講師が辞めた後、ただで使用されてしまったことがあったため、そのようなことのないようにするためだったのです。」との記載が、甲第一七号証(控訴人の陳述書)には、「私、【D】及び【C】は、「鉄緑会」においてはテキストの著作権がその作成者に留保されていなかったという反省に基づいて、当塾においてはテキストの著作権は当該テキストの作成者に帰属することを最重要原則として確認した上で、代表取締役である【B】氏にもこの旨を話し、了承をえました。」との記載がそれぞれあり、原審における原告本人尋問の結果中にも、控訴人、【C】、【D】が、【B】と、テキストの著作権の帰属について話し合い、テキストの著作権はその執筆者に帰属することを確認したとの陳述部分がある。
しかしながら、控訴人が、右のように、鉄緑会で、テキストの著作権を控訴人側に確保できなかったことに不満を抱き、本件塾で、テキストの著作権がその作成者に帰属することを最重要原則として確認しようとしたというのであれば、しかも、その意思を相手方に伝え、了解を得たというのであれば、将来に禍根を残さないように合意を文書化しようとするのが通常ではないかとも思われるのに、結局、文書が作成されていないとの事実などに照らすと、控訴人の右各陳述書の記載及び控訴人の右陳述に大きな証明力を与えることはできないものというべきである。
その他、テキストの著作権の帰属についての合意があったとする【D】の陳述書(甲第一三号証)、【C】の書簡(甲第二五号証の三)、【G】の陳述書(甲第四一号証)、原審における証人【G】の証言などあるものの、いずれも、適確な裏付けを欠く、結論だけの記載ないし陳述といい得る範囲に属するものにすぎず、十分な証明力を認めることはできない。
(二) 控訴人は、テキストの著作権が控訴人らテキスト執筆者に帰属することを被控訴人が認めていたことの根拠として、本件塾の開設の二年目以降も、テキスト使用に応じて同額の金員が各講座のクラス数に応じて支払われていた事実を挙げ、二年目以降もこのような形でテキストに関する対価が支払われることは、テキストの著作権が被控訴人に帰属するという考え方(支払われる対価をテキスト作成料とする考え方)と両立し得ない旨主張する。
テキストに関する対価の支払が右のようなものであるとの事実は、被控訴人が、控訴人その他のテキスト執筆者に著作権が帰属することを認めたうえ、著作権使用許諾の対価として支払をしたと仮定した場合に自然なこととして理解できるものであることは、確かである。しかし、右事実は、右のように仮定しなくとも、十分に自然なこととして理解することが可能である。被控訴人にとって、本件塾で使用するテキストが価値あるものであることはいうまでもないことであり、その価値は、最終的には、テキストの使用状況によって決まるものであることも明らかであるから、テキストの著作権は被控訴人に帰属することを前提としつつ、その執筆に対する対価の定め方の一つとして右のやり方を採用したとしても、少しも不自然ではないからである。
このように、どのようにでも理解できるものをもって、一つの立場を裏付けるものとすることはできないのである。
(三) 証拠(甲第一六号証(ただし、以下の認定に反する部分は除く。)、乙第一五号証の一~三、第二一号証、第二二号証、原審における証人【G】の証言(ただし、以下の認定に反する部分は除く。)、原審における原告本人尋問の結果(ただし、以下の認定に反する部分は除く。)及び原審における被告代表者尋問の結果)及び弁論の全趣旨を総合すると、本件塾開設前後のいきさつにつき、むしろ、次の事実を認めることができる。
(1) 【B】、控訴人、【C】、【D】は、本件塾を開設するに先立って、平成四年三月ころ、【B】の自宅において、本件塾の運営方針について打合せをした。
(2) 控訴人は、学習塾の鉄緑会に勤務していたとき、自分の作成したテキストの著作権を控訴人側に確保できなかったことに不満を抱いており、その反省に基づいて、本件塾では、自己に有利な形にしておきたいと考えていた。控訴人は、知り合いの法律家などに相談した結果から、控訴人の執筆に係るテキストの著作権が控訴人に属する旨を被控訴人との契約で明確にしておかなくても、テキストの著作権が被控訴人に帰属することが合意されない限り、目的は達されると考えるに至り、【C】、【D】らと打ち合わせたうえ、本件塾の開設前における【B】との話し合いにおいて、あえて、講師が作成したテキストの著作権の帰属自体の問題を提示せず、端的に、そのテキストが講座で使用されれば、使用の程度に応じて対価を得られるような合意をすることを申し入れた。
(3) 一方、【B】は、塾の経営は初めてで、本件塾の講師が作成するテキストの著作権の帰属自体の問題について全く念頭になく、控訴人からのテキストに係る対価に関する申入れに対し、それが、テキストの著作権が控訴人ら執筆者に属することを自らが認めたものと解釈される余地があることには思い及ばず、控訴人らの話しぶりから、漠然と、二、三年で塾の運営が落ち着けば負担しなくてよいことになるのであろうという程度に考えており、控訴人、【C】、【D】らの右申入れを受諾した。
(4) このようにして、控訴人、【C】、【D】らと【B】との間では、テキストの著作権の帰属自体について格別議論されることもなく、また、控訴人ら執筆者に係るテキストに関する対価が何に対するものかについて特定されることもなく、講師がテキストを自前で準備し、本件塾の講義に使用すれば、その対価として、クラスごとに一か月当たり数万円を支払う旨の合意をした。そして、右合意の内容さえも文書化はしなかった。
(5) 本件塾が開設されると、当初は、控訴人、【C】、【D】らは、思い思いに、講義に合わせて簡略なテキストを作成して講義に使用しており、そのうちに、次第に、テキストの体裁が整えられていった。【B】は、経理を【E】に委せており、【E】は、控訴人、【C】、【D】らに対し、「教材費」の名目で、給与の一部として、準備したテキストの使用に応じて、担当クラスごとに一か月当たり数万円という金員を支払っていた。
2 控訴人は、テキストの著作権が控訴人を含む執筆者に帰属することは、平成七年二月ころのミーティング(会合)において再確認されている、すなわち、平成七年二月ころの会合において被控訴人に提出した資料には、「これまでの契約内容を明確化するため」と明記したうえで、テキスト代に関して執筆者に支払われる金員は、「テキスト使用料」と書かれていたにもかかわらず、【B】は、その後も、従前どおり、テキスト使用料に関する金員の支払を続けたことからも明らかである旨主張する。
証拠(甲第一号証~第六号証、甲第七号証の二、乙第二一号証、原審における被告代表者尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 控訴人、【C】、【D】らは、平成六年四月ころ以降、【B】の了解もなく、一方的に、テキストの表紙に、講座名、本件塾の名称、科目名に、「VERITAS数学科 【A】著」などといった記載を追加するようになった。また、控訴人、【C】、【D】らは、そのころ、給与体系の変更交渉の際に、一方的に、従来の「教材費」の語句に代えて「テキスト使用料」との語句を使用するようになった。しかし、控訴人を含む講師らと【B】との間で、講師が本件塾の授業で使用するテキストの著作権の帰属をどうするかなどといったことに関する話合いが行われたことはなく、控訴人を含む講師らが「テキスト使用料」との文言を使用して給与体系の変更の要求をしたのに対して、【B】において、給与体系の変更を承認しただけであった。
(二) 【B】は、平成七年二月ころ、被控訴人の経営状況がおもわしくないことから、本件塾の講師の給与を削減した。ところが、控訴人を含む講師らは、これに反発し、同年三月ころに行われた会合において、【B】に対し、給与を従前のとおり支払うこと、「テキスト使用料」も従前のとおり継続して支払うことを申し入れ、講師らの集団退職を恐れた【B】は、これを了承し、その後も、講師らに対する「テキスト使用料」の名目による支払を続けた。このときも、控訴人を含む講師らと【B】との間で、テキストの著作権の帰属をどうするかなどといったことに関する話合いは行われなかった。
右認定の事実によれば、控訴人を含む講師らは、平成六年四月ころ以降、意図的に、テキストの著作権が執筆者に帰属し、被控訴人がこれを有償で使用しているかのようにみえる外形事実を作り出したことが認められるものの、その前提となるテキストの著作権の帰属や使用許諾についての【B】との間における意思表示の合致を欠いている、ということができる。講師らがテキストの表紙に、例えば「【A】著」などの語句を追加したり、「テキスト使用料」という語句を使用したりしたのに対し、被控訴人がこれを是正する格別の措置をとらなかったからといって、被控訴人のこの行為に対し、テキストが控訴人ら執筆者に帰属することを確認した、との評価、あるいは、被控訴人の支払うテキストに関する対価が、控訴人ら執筆者が著作権を有することを認めたうえでのテキストの使用料に変質することを認めた、との評価を与えることはできないというべきであるからである。
したがって、控訴人の右主張は、採用できない。その余の控訴人の主張も同様である。
3 控訴人は、著作物の著作権は、その執筆者に帰属するのが原則であり、法人著作権として法人に帰属するのは例外なのであるから、本件各テキストの著作権が、控訴人らその執筆者ではなく、被控訴人に帰属すると主張する者は、その要件のすべてにつき主張立証責任を負わなければならない旨主張し、原判決を論難する。
しかしながら、著作権法は、プログラムを除く著作物について、一五条一項において、法人等の発意に基づきその法人等の業務に従事する者が職務上作成する著作物で、その法人等が自己の著作の名義の下に公表するものの著作者は、その法人等とすると定めて、これらの要件が満たされたときには、法人著作が成立することにし、例外として、その作成の時における契約、勤務規則その他に法人著作が成立することを妨げる別段の定めがあれば、法人著作とならないものと定めているのである。
したがって、法人著作の右要件を満たすならば、原則として法人著作が成立するのであり、契約、勤務規則その他に法人著作が成立することを妨げる別段の定めは、法人著作が成立しないことを主張する者が、主張立証しなければならないのである。
原判決は、本件について、まず、法人著作の要件のすべてが満たされていると認定したうえ、控訴人側に主張立証責任のある作成の時における契約、勤務規則その他法人著作が成立することを妨げる別段の定めについて、これを証拠上、認定することができないとしているのであるから、その判断方法に何ら誤りはない。
控訴人の主張は、採用できない。
三 法人著作の成否について
1 証拠(各項目ごとに括弧内に摘示する。)によれば、次の事実が認められる。
(一) 被控訴人は、学習塾の経営等を目的とし、資本金一〇〇〇万円で、平成四年三月二五日に設立された株式会社であり、その代表取締役には【B】が就任し、取締役には、控訴人、【C】、【D】、【E】が就任した。
(弁論の全趣旨)
(二) 【B】は、平成三年一二月ころ、控訴人と会った際、当時、学習塾鉄緑会に講師として勤務していた同人が、同塾の運営の仕方等に不満を持っていることを知り、これを契機として、【B】自身が、自己の事業として学習塾を開設しようと考え、控訴人や、同人に同調する鉄緑会における同僚の【C】、【D】と、開設しようとしている塾の運営方針などについて打ち合わせ、控訴人らに本件塾の運営を全面的に委ね、【B】は、主として資金提供をすることにして、被控訴人の設立に至った。【B】は、設立資金として約一五〇〇万円を出資し、控訴人、【C】、【D】は、【B】の薦めで、控訴人、【C】において各五〇万円、【D】において一〇万円を出資して、取締役に名を連ねることになった。
(甲第一六号証、乙第二一号証、原審における原告及び被告代表者各尋問の結果)
(三) 本件塾が開設されると、当初は、講師らは、思い思いに、自己の講義のみに使用する簡単なテキストを作成し、そのうちに、次第に、テキストの体裁が整えられていった。数学の講義を担当していた控訴人も、自己の講座のためにテキストを作成し、ときには、これを自ら使用するとともに、他の数学担当の講師にも使用させていた。控訴人を含む講師らの作成するテキストは、体裁が整えられた後であっても、いずれも、パソコン又はワープロで作成し印刷したものを製本した簡易な作りのもので、奥付はなく、表紙には、講座名と、被控訴人の塾であることを示す「教育研究会VERITAS」の名称が、科目名と合わされて、例えば、「教育研究会VERITAS数学科」などと記載されていた。そして、平成六年三月ころまでは、いずれのテキストにも、表紙に執筆者の氏名が記載されることはなかった。
(甲第一号証~第六号証、乙第七号証、第一〇号証、原審における原告本人尋問の結果)
2 右認定の事実に、前記二1(三)認定の事実をも併せ考えると、被控訴人において、テキストの作成は、講師の本来の業務である塾生に講義を施す義務に付随する業務であったことが優に認められるものである。そして、講師の執筆するテキストが、職務上作成されるものであること、被控訴人の名義の下に公表されるべきものであったことも明らかであり、現に、平成六年三月ころまでは、テキストの表紙に被控訴人を示す名義の表示のみがなされていたものである。
3 証拠(甲第一号証~第六号証)及び弁論の全趣旨によれば、本件テキスト一ないし六は、控訴人が作成したものであり、いずれも、表紙の上段に表題が、下段に「教育研究会VERITAS数学科」と記載され、表題の下にも、横書きでやや小さく「VERITAS数学科 【A】著」と記載されていること、本件各テキストは、いずれも、被控訴人に在職している期間に、本件塾の授業に使用するために作成されたものであること、本件各テキストは、その体裁からして、いずれも、本件塾における講義に使用する問題用として作成されているものであり、講義のテーマに対応する問題を集めた例題と宿題からなっていること、なお、本件テキスト三(大学入試基本演習Ⅴー解答作成演習)では、例題に加えて付随的に、解答作成上の注意点、解答後の考察が一種のヒントとして記載されており、例題の中には、過去に大学入試で出された問題なども含まれていることが認められる。
また、証拠(甲第二九号証、甲第三二号証)によれば、控訴人は、本件テキスト一(高校数学系統講義テキスト 数と式Ⅱ)について、平成四年六月から、本件塾の講義に使用し始めたこと、本件テキスト二(高校数学系統講義テキスト一次変換Ⅱ)について、平成四年八月から、本件塾の講義に使用し始めたこと、本件テキスト三(大学入試基本演習Ⅴー解答作成演習)について、平成九年に作成したこと、本件テキスト四(高校数学重点講義テキスト 連立一次方程式と行列)について、平成七年春から、本件塾の講義に使用し始めたこと、本件テキスト五(高校数学重点講義Ⅰ(第一分冊))について、平成九年三月にのみ、本件塾の講義に使用したこと、本件テキスト六(高校数学重点講義Ⅳ(第一分冊))について、平成九年に作成したことが認められる。
右認定の事実を総合すると、本件テキスト一ないし六は、いずれも、控訴人が、本件塾の開設後、本件塾における講義のために作成したものであるから、前記2にいうテキストと同様であって、被控訴人の法人著作となるものというべきである。
なお、本件テキスト一ないし六には、前記認定のとおり、表紙の「VERITAS数学科」に「【A】著」との語句が追加されているけれども、このような語句の追加によって、著作権の帰属が左右されるものではなく、単に、被控訴人の塾における執筆担当者であるといったことを示す程度の意味しかないというべきである。
証拠(乙第一〇号証~第一二号証、第二三号証)及び弁論の全趣旨によれば、本件テキスト七ないし九についても、右同様の経緯で、【I】ないし【H】によってそれぞれ執筆されたものであることが明らかであるから、前記2にいうテキストと同様であって、被控訴人の法人著作となるものというべきである。
4 控訴人は、「教育研究会VERITAS数学科 業務内容について」(甲第一九号証)の「4.給与規定 (3)テキスト使用代」の部分において、「各種小テスト作成など講師業務、T・A・業務に含まれるものはテキスト代としては支払わない。」と明記されており、ここにいう「テキスト代」は「テキスト使用料」のことであり、テキスト作成は「講師業務」には含まれないと主張する。
確かに、「教育研究会VERITAS数学科 業務内容について」(甲第一九号証)の「4.給与規定 (3)テキスト使用代」には、控訴人主張の記載がある。しかしながら、「各種小テスト作成など講師業務、T・A・業務に含まれるものはテキスト代としては支払わない。」という記載を素直に読めば、小テストなどに伴うテキスト作成の対価については、講師業務、T・A・業務に対する対価に含まれるものとして処理され、それ以外に「テキスト代」の名目で支払われることはないという意味であることが明らかであり、同記載から、テキスト作成が「講師業務」に含まれない旨を読み取ることができないことは、文言自体から明らかである。
5 控訴人は、本件テキスト一ないし四については、本件塾を開設する以前から、控訴人が既に作成して保有していたものであるから、この意味でも、控訴人が被控訴人の職務上作成したものに当たらない旨主張する。
しかしながら、甲第二九号証によれば、控訴人が指摘する本件テキスト三については、控訴人自身が、これを平成九年に作成し、それ以前には類似のテキストも存在しなかったと述べているのである。また、本件テキスト一、二、四についても、前記のとおり、本件塾を開設して三か月ないし三年後に使用が始められているのであり、他方、それ以前に同テキストが控訴人によって使用されたとの事実は、本件全証拠によっても見出すことができないから、本件塾を開設した後に作成されたものと認定し得るところである。
控訴人は、本件塾創設前の約三か月間、部屋を借りて約三〇名の生徒を教えていた際、そこで本件テキスト一ないし四を使用したことがある旨主張し、これを裏付けるものとして、甲第四九号証ないし第五三号証を提出するけれども、同号証は、いずれも、右各テキストとは関係のないテキストであるから、控訴人の右主張は、裏付けを欠くものであるばかりか、前記のとおり、本件テキスト三は平成九年に作成したとする自らの陳述とも矛盾するものである。
控訴人の主張は、採用できない。
6 控訴人は、「教育研究会VERITAS」は、本件塾の名称ではなく、控訴人ら講師グループの名称であり、このことは、被控訴人の発行したパンフレットにも明記されているものであるとして、本件各テキストは、被控訴人の名義の下で公表されていない旨主張する。
しかしながら、控訴人ら講師は、被控訴人の従業員であり、その従業員である講師が遂行する業務が、被控訴人の業務でないはずがなく、その業務に係る名称として「教育研究会VERITAS」を使用しているのであり、その場所も、被控訴人の事業所を使用しているのである。控訴人の主張は、失当である。
また、控訴人は、本件各テキストは、すべて講義の一か月以上前に、表紙、フッダー・ヘッダーなどは全くない状態で、著作物として完成していたものであり、この段階で既に著作権が執筆者たる控訴人に帰属していたのであるのであって、控訴人に著作権が帰属する旨主張する。
しかしながら、法人著作の要件の一つである、公表に当たっての法人名義の有無は、創作の時点において、当該著作物が、法人等の名義で公表されるべく予定されていたかどうかによって決せられると解するのが相当であり、本件各テキストが、被控訴人の名義で公表されるべく予定されていたものであることは前示のとおりである以上、講義に使用する一か月以上前に表紙、フッダー・ヘッダーなどが全くない状態で完成していたことによって、法人著作の成否が何ら左右されるものでないことは、明らかというべきである。控訴人の主張は、失当である。
その余の控訴人の主張も、既に認定判断してきたところに照らし、いずれも採用できない。
四 以上検討したところによれば、控訴人の本訴請求は、いずれも理由がなく、被控訴人の反訴請求は、原判決の認容した限度で理由があるから、原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。よって、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担について、民事訴訟法六七条、六一条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 宍戸充 裁判官 阿部正幸)
<以下省略>